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薩摩焼の特徴とは?

 2015/11/28 焼物辞典
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クリームがかった白に華麗な模様が描かれてるものもあれば、 
真っ黒で質実剛健な雰囲気の陶器もある薩摩焼。
「●●焼」と呼ばれる陶器は、一般的には、共通の特徴があるのに、
薩摩焼は「白」と「黒」と正反対の種類があるのです。
いったい、どんな歴史をたどって、このような2種類の
薩摩焼ができたのでしょうか?
気になったので、調べてみました。

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そもそも、薩摩焼とは?

文字通り、鹿児島県内で焼かれる陶磁器のことです。
「白もん」と呼ばれる白地に多彩で華やかな色絵が描かれた
白薩摩
「黒もん」と呼ばれる大衆向けの食器類の黒薩摩
二種類があります。

 

白薩摩

白薩摩は、藩の御用釜である苗代川窯で焼かれていた陶器。

苗代川は、慶長の役の際、朝鮮半島より連行されてきた
朝鮮人の陶工の集落が置かれた場所で、
薩摩藩の御用窯となりました。
現在も薩摩焼の工房が点在しています。

白薩摩は、白い陶土で丹精に成形して
透明釉を掛けたもので、
表面の細かい貫入が特徴の一つです。

江戸時代には、白薩摩は藩主専用の焼物で、
主に幕府や他の藩への贈答品として生産されていました

幕末に、薩摩藩はパリ万博に幕府とは別に単独で出展、
薩摩焼も展示しました。
薩摩焼の豪華絢爛な美しさは西洋人の好みに適い、
芸術性の高い作品として絶賛を浴び、以降、
多くの作品が海外に輸出されていきました。

 

黒薩摩

黒薩摩は、黒くて素朴な焼き物です。
薩摩の土は、シラス土壌で鉄分を多く含んでいるため、
真っ黒い焼き物が出来上がるのです。

その鉄分が多い土を高温で焼き締めるため、
頑丈な仕上がりが特徴。
大衆用の日用雑器として、親しまれてきました。

 

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焼酎をお燗するときに使う「黒ヂョカ」と呼ばれる土瓶は、
焼酎ブームとともに、居酒屋などで目にすることが増えましたね。
白薩摩とは異なり、素朴で親しみのある陶器です。

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小説にもなった陶工沈壽官

司馬遼太郎の小説「故郷忘じがたく候」を読まれた方も
いらっしゃるのでは?
これは、薩摩焼窯元として代々続く窯元の14代沈壽官のことを
描いた小説です。
沈家では、代々「沈寿官」の名を継承しており、現在は15代目です。

慶長の役の際に連行された多くの朝鮮人技術者の中に、
初代がいました。
沈家の初代ほか、朝鮮の陶工たちが、
現代まで続く「薩摩焼」を造り出しました。

12代壽官は、明治の薩摩焼の振興に貢献し、
世界中で評価される作品を手がけた人です。

明治6年には、オーストリアのウィーン万博
約180cmの大きな一対の花瓶や、
その他の作品を発表し、絶賛を浴びました。
明治26年のシカゴ万博で銅賞
明治33年のパリ万博でも銅賞を獲得しました。

13代は、韓国併合から太平洋戦争の時代
朝鮮人の先祖を持つ陶工にとっては偏見と差別を受けるという
非常に厳しい時代に、家業を守り続けました。

この厳しい時代に少年期を過ごし、13代の後を継いだ14代が
司馬遼太郎の小説のモデルになったのです。

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幕末に始まった磯御庭焼

磯御庭焼は、薩摩焼の窯の一つで、
幕末の薩摩藩主の島津斉彬が作りました。
斉彬は藩主になると殖産興業に努めました。
1853年には、磯別邸内に集成館を創設して、
洋式造船、反射炉・溶鉱炉の建設、
地雷・水雷・ガラス・ガス灯の製造などの試験事業を興しました。

この際、陶器の釉法などの改善と磁器の創製を計画し、
自分の発明も加えて各種の陶磁器を製造させました。
これが、磯御庭焼と呼ばれるものです。

しかし、磯御庭焼は、斉彬の後、廃れてしまいますが、
その後、職人たちが何度も復興に努めてきました。

尚、「旧集成館」の機械工場は、
「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」
構成するとして、2015年に世界遺産に登録されました。
磯御庭焼も、明治日本の産業革命の一環だったといえるでしょう。

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