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茶道の茶室が四畳半である小間の由来とは?

 2015/08/19 茶室
この記事は約 4 分で読めます。 156 Views

「うちには茶室があるのよ。」と聴くと、
どのくらいの広さの部屋を思い浮かべますか?
アンケートを取れば、「4畳半」という答えが
一番多いのではないかと思います。
茶室の間取りは4畳半に落ち着いてきたのは、
どのような理由があるのでしょうか?

 

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室町時代の書院造が茶室のスタート

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室町時代、お茶は、連歌や和歌の会の際に
食事や酒とともに参加者に振る舞われたものでした。
当時の連歌の会の様子を描いた絵には、別室で茶を点てて、
参加者の元に運んでいる様子が描かれています。

室町時代に茶を飲んだのは、連歌や和歌の会が催され、
中国から輸入した絵画や茶道具など
高価な美術品を飾り付ける棚や押板をもった書院造の部屋でした。

 

四畳半茶室の始まりは銀閣寺の同仁斎?

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室町時代後期になると、畳を敷きつめた小座敷に人が集まり、
目の前で点てられる茶を飲むという形式が生れました。
室町幕府8代将軍足利義政は、京都の東山山荘、
今の銀閣寺に、持仏堂として東求堂を作りました。
東求堂は、現在国宝に指定されています。

その内の一部屋、同仁斎は、4畳半で炉が切られ、
湯を沸かしてお茶を点て、その場で茶を飲むというスタイルに
適った部屋であり、茶室の始まりと伝えられてきました。
同仁斎は付書院と違い棚を備えており、
茶道具などが置き合わされて飾られていたとも
言われています。

但し、同仁斎は客を招いて茶を喫する茶室というよりも、
義政の書斎としての性格が強く
茶の湯を主目的とする茶室とは異なるという説もあります。

 

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茶室の手本は珠光と紹鴎の座敷

利休の時代以降、茶座敷の手本と考えられたのは
村田珠光と武野紹鴎の座敷でした。

珠光の座敷は8畳に一間の床の広さでした。
その後、客の人数を制限しつつ、適度な間で座れる広さとして、
6畳が理想と考えられるようになります。
紹鴎の茶室は6畳に一間の床の広さでした。

但し、珠光も紹鴎も4畳半の茶室も持っていました。
8畳、6畳の茶室が客をもてなす為の座敷であるのに対して、
4畳半は主人のプライベートの空間と考えていたようです。

 

利休以降の茶室

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応仁の乱で武家の力が衰退して以降、
茶の湯を盛んに行ったのは、千利休ら堺の商人たちでした。

彼らが好んだ茶室が市中の山居
忙しい生活を営む都市生活の中でも、
静かに落ち着いて交友できる環境を茶室に求めていきました。
茶室はより小さくなり、自然の素材を活用し、
草庵風の侘びた風情の座敷が好まれるようになりました。

更に利休は、茶室を極限まで狭めて独自の世界を確立することを目指します。
同時代の茶人たちも、4畳半より狭い小間の茶室を好むようになり、
限られた空間の中で様々な工夫を凝らすようになりました。

 

4畳半の意味

利休が建てた大徳寺門前の茶室不審庵は、
4畳半の茶室だったと知られています。
また、利休は、聚楽屋敷にも4畳半の茶室を持っていました。

4畳半の茶室が室町末期から現代まで好まれて使われた理由は、
おそらく、4畳半という広さが、窮屈でもなく、
豪華に飾り立てる必要もない、
丁度よい広さだったからだと思うのです。

利休の好む2畳、3畳の茶室は、亭主と客の距離が近く、
非常に緊張した関係を生み出します。
一方、6畳、8畳の広間では、亭主と客が遠くなり、
声を少し張り上げないと話がしづらいという距離になります。

茶道では、気の合う人が集い、互いに雰囲気を読みながら、
場を作り上げる「一座建立」が理想と言われています
それを実行するには、適度な距離間を保てる4畳半
適当だったのではないでしょうか。

 

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ライター紹介 ライター一覧

蒲生はな

蒲生はな

骨董マニアの父の影響で茶道を習い始めて10年以上お稽古を続けています。
しっかり父の趣味は受け継いで、お道具を鑑賞するのが大好き。
貴重な茶の湯の道具を追いかけて、日本全国の美術館・博物館に出かけています。
バラバラとした知識を系統立てようと、通信制の芸術大学で「和の伝統文化」を学んでいます。

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